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福岡地方裁判所小倉支部 昭和45年(ワ)877号 判決

原告

山路淳

ほか一名

被告

浅田国士

ほか一名

主文

1  被告らは原告山路淳に対し、各自二九二万六九四八円及び二六七万六九四八円に対する昭和四三年一二月二二日から、二五万円に対する昭和四五年七月二日からいずれも完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告らは原告山路房子に対し、各自二七三万四九四八円及び二四八万四九四八円に対する昭和四三年一二月二二日から、二五万円に対する昭和四五年七月二日からいずれも完済まで年五分の割合による金員を支払え。

3  原告らのその余の請求を棄却する。

4  訴訟費用は三分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。

5  第一、二項は仮に執行することができる。ただし、被告らが各原告に対しそれぞれ二〇〇万円ずつの担保を供するときは、その原告に対し右仮執行を免れることができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら(請求の趣旨)

1  被告らは各自原告山路淳に対し四五八万九七三二円、同山路房子に対し四二四万九七三一円及び右各金員に対する昭和四三年一二月二二日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言

二  被告ら(請求の趣旨に対する答弁)

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

3  仮執行免脱の宣言

第二当事者の主張

一  原告ら(請求原因)

1  原告らは山路英子の両親であり、被告浅田国士は電車等による運送業を営む被告西日本鉄道株式会社の電車運転士である。

2  昭和四三年一二月二一日午後三時四〇分頃北九州市門司区大里西新町一丁目一番二〇号先路上において、被告浅田国士が運転して門司港方面から小倉方面に向かつて進行していた被告西日本鉄道株式会社の路面電車(第五〇七号)の右前部が軌道敷内を海側から山側に横断しようとした山路英子(当時六才)に衝突し、同女は転倒して傷害を負い、同日午後五時一四分死亡した(以下、本件事故という。)。

3  被告浅田国士は、路面電車の運転士として絶えず道路の前方及び左右を注視し進路の安全を確認して進行し事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに、前方の交差点の車の動きに気を奪われて前方左右の注視を怠り前方を横断しようとした山路英子に気付かずに時速二七、八キロで進行した過失により本件事故を発生させたので、民法七〇九条により本件事故による損害を賠償する責任がある。

4  本件事故は被告浅田国士が被告西日本鉄道株式会社の運送業務に従事中に発生したので、被告西日本鉄道株式会社は民法七一五条により本件事故による損害を賠償する責任がある。

5  山路英子は当時六才の女子であつたから、本件事故で死亡しなければ、一八才から六三才まで稼働して昭和四三年賃金センサスの全産業高校卒女子労働者の給与年間四〇万二七〇〇円を得たと推定され、生活費をその五〇パーセントとして差し引くと、本件事故により四五年間毎年二〇万一三五〇円の利益を失なつたことになり、右逸失利益の現価は、ホフマン式係数により年五分の中間利息を控除して、三四九万九四六三円である。原告らは山路英子を相続したので、右逸失利益につき原告山路淳は一七四万七九三二円、同山路房子は一七四万九七三一円の請求権を有する。

6  原告らは山路英子の本件事故による死亡により両親として計り知れない苦痛を蒙むつたのみならず、被告らは慰藉のため何らの誠意も見せずかつ人命を軽視する態度がうかがわれるので、慰藉料は原告ら各自につき二〇〇万円が相当である。

7  原告山路淳は山路英子の葬儀費用として三四万円を支出し、同額の損害を受けた。

8  原告らは原告ら訴訟代理人に本件訴訟を委任し、各自着手金として五〇万円を支払つたので、同額の損害を受けた。

9  よつて、被告らに対し原告山路淳は合計四五八万九七三二円、同山路房子は合計四二四万九七三一円の損害賠償及び右各金員に対する本件事故発生の翌日である昭和四三年一二月二二日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告ら(請求原因に対する答弁及び抗弁)

1  請求原因第一項の事実は認める。

2  請求原因第二項の事実は認める。

3  請求原因第三項中被告浅田国士に過失があるとの主張は否認する。被告浅田国士は絶えず道路の前方及び左右を注視して時速二七、八キロから三〇キロで進行していたが、山路英子が電車の運転席の死角内を接近したため気付くことができず本件事故が発生したので不可抗力である。

4  請求原因第四項中被告西日本鉄道株式会社に責任があるとの主張は争う。

5  請求原因第五項は争う。

6  請求原因第六項は争う。被告らは、責任はないと信じながらも、葬儀等に参列し損害賠償の交渉もして原告らに誠意を示した。

7  請求原因第七項は争う。

8  請求原因第八項は争う。

9  (使用者責任免責の抗弁)被告西日本鉄道株式会社は被告浅田国士の選任及び事業の監督につき相当の注意をしているので、仮に被告浅田国士に過失があつたとしても、被告西日本鉄道株式会社は免責されるべきである。

10  (損益相殺の抗弁)原告らは山路英子の扶養義務者であるから、同女が二〇才に達するまでの生活費及び教育費を逸失利益から控除すべきである。

11  (過失相殺の抗弁)山路英子は進行してきた路面電車の方を見ずに、少くとも電車に気付かずに軌道敷に向つて走つた過失により、約五メートル先の電車に気付いた時は踏み止まろうとしたが走つてきた勢いで電車に衝突したので、仮に被告浅田国士に過失があつたとしても、被告らの損害賠償の額は山路英子の右過失及び同女の監督者である原告らの過失を斟酌して大幅に減ずべきである。

三  原告ら(抗弁に対する答弁)

1  使用者責任免責の抗弁は争う。

2  損益相殺の抗弁は争う。

3  過失相殺の抗弁事実は否認する。仮に山路英子に過失があつたとしても、被告浅田国士の過失に比して問題にする余地はなく、また、原告らは自宅に山路英子とその姉を残して施錠して外出していたが、たまたま玄関に来客があつてそのすきに山路英子が外に出て本件事故に会つたもので十分に監督者としての責任を果たしている。

第三証拠〔略〕

理由

一  原告らが山路英子の両親であり被告浅田国士が電車等による運送業を営む被告西日本鉄道株式会社の電車運転士である事実及び本件事故が発生した事実は、当事者間に争いがない。

二  さて、〔証拠略〕によると、被告浅田国士は本件事故について業務上過失致死罪で起訴され当庁において昭和四八年六月二五日有罪判決があり確定したが右判決は被告浅田国士が「昭和四三年一二月二一日午後三時四〇分頃、西鉄市内電車(第五〇七号)を運転し、北九州市門司区大里西新町一丁目一番二〇号先路上を門司港方面から小倉方面に向けて時速約二五キロないし三〇キロで進行中、このような場合、路面電車の運転者としては、絶えず道路の前方及び左右を注視し、進路の安全を確認して進行し事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、前方の交差点の車の動きに気を奪われ、前方左右の注視を怠つたまま前記速度で電車を進行させたため、折から、焼芋を買い求めこれを両手に抱えながら、自車進路前方を向つて右から左に早足で横断をはじめた山路英子(当時六才)を発見することができず、ちようど電車軌道上に入つてきた同女を自車右前部ではねて転倒させ、よつて同女に対し頭頂部矢状洞損傷頭部外傷等の傷害を負わせ、同日午後五時一四分、同市小倉区大字葛原五二二の二の九州労災病院において、右傷害に基づく失血により死亡するに至らしめた」との事実を認定し山路英子が電車の運転席の死角内を接近したとの主張を排斥した事実が認められる。したがつて、本訴においては、右有罪判決が認定したとおりの事実が推定されるところ、右刑事事件の際審理の対象となつた(甲第一号証及び同第二三ないし第二六号証を除く)甲号各証及び乙号各証はいずれも右推定を覆えす資料とはならず、〔証拠略〕には右有罪判決の内容とは抵触する部分があるがいずれも採用して右推定を動かすに足りるものではなく、他に右推定に反する証拠はない。以上から、被告浅田国士は前記過失により本件事故を発生させたので、民法七〇九条により本件事故による損害を賠償する責任があるというべきである。また、本件事故は被告浅田国士が被告西日本鉄道株式会社の運送業務に従事中に発生したので、被告西日本鉄道株式会社も民法七一五条により本件事故による損害を賠償する責任があるというべきである。

なお、被告西日本鉄道株式会社は使用者責任免責の抗弁を主張するが、同被告会社が被告浅田国士の選任及び事業の監督につき相当の注意をしたことを具体的に認めるに足りる証拠はないので、右抗弁を認めることはできない。

三  そこで、被告らが賠償すべき損害の額について判断する。

(一)  山路英子は六才の女子であつたから、本件事故で死亡しなければ、一八才から六七才まで稼働して昭和四八年賃金センサスの産業計企業規模計の女子労働者の年令計の給与年間八四万五三〇〇円を得たと推定され、生活費をその五〇パーセントと見て差し引くと、本件事故により四九年間毎年四二万二六五〇円の利益を失なつたことになり、右逸失利益の現価は、ライプニツツ式係数により年五分の中間利息を控除して、四二七万五九六〇円である。そして原告らは既に認定したとおり山路英子の両親であり同女の扶養義務者であるから、逸失利益の算定については同女が一八才に達するまで一二年間毎年一二万円ずつ要すると推定される養育費を控除するのが相当であると解するので、右養育費の現価(ライプニツツ式係数により年五分の中間利息を控除して)一〇六万三五九〇円を前記金額から差し引き、結局逸失利益は三二一万二三七〇円である。ところで、〔証拠略〕によると、本件事故の現場は見通しのよい中央に路面電車の軌道を併設し山側に歩道、海側に路側帯を設けた総幅員二五メートルの直線道路で車の交通量が多く人の交通量が少ない事実が認められるが、このような現場で山路英子は既に認定したとおり焼芋を両手に抱えながら時速約二五キロないし三〇キロで進行してきた路面電車の進路前方を早足で横断しようとしたのであるから、同女は道路を横断する前に電車の進行の有無を確認すべき注意義務があるのにこれを怠つた過失があつたと推認され、右過失も本件事故の一因となつたものである。以上認定した諸事実を総合し、特に右に認定した本件事故の現場の状況、山路英子は六才で監護者が付き添つていなかつたこと、被告浅田国士は職業として路面電車を運転している者であること、同被告は山路英子に衝突するまで同女に気付かなかつたこと(前顕甲第一号証によると、前記有罪判決は被告浅田国士が衝突する三・五秒ないし三・九秒前から山路英子を発見しえたと認定している。)に配慮すると、本件事故は被告浅田国士の過失が八、山路英子の過失が二の割合で寄与していると解すべきである。したがつて被告らは前記逸失利益の八割の二五六万九八九六円を損害賠償すべきであり、原告らは山路英子の両親として同女を相続しているので、各自その二分の一である一二八万四九四八円の請求権を有する。

(二)  原告らが山路英子の本件事故による死亡により両親として計り知れない苦痛を蒙むつた事実は、容易に相像できるところであり、その他諸般の事情(後に判断する山路英子の過失を除く。)を考慮して、原告らの受けた精神的苦痛を慰藉するには各自に対し一五〇万円の支払をするのが相当であると解する。しかし、右慰藉料についても、山路英子の前記過失は斟酌すべきであるので、被告らは右の八割を損害賠償すべきであり、原告らは各自一二〇万円の慰藉料請求権を有する。なお、〔証拠略〕によると被告浅田国士、その親族及び被告西日本鉄道株式会社の社員が葬儀に参列する等して弔意を表し被告西日本鉄道株式会社が原告らに損害賠償として三六万円を支払う旨提案した事実が認められるが(右認定に反する〔証拠略〕は採用できない。)、被告らは責任を最後まで認めず右三六万円も被告らの責任に比して少額過ぎるので、被告らが原告らに対し慰藉のため誠意を見せたということはできない。また、〔証拠略〕によると原告らが山路英子に対して交通安全教育を施こしていた事実及び山路英子は当時原告らが留守の自宅から勝手に一人で外出して本件事故の現場に行つた事実が認められるが、原告らが本件事故につき山路英子に対する監護上の過失があつたと認めるべき証拠はない。

(三)  〔証拠略〕によると、同人は山路英子の葬儀を行ない葬式費用として一五万円、納骨代として九万円合計二四万円を支出した事実が認められ(同人は葬儀費用として総額三五、六万円支出したと供述しているが、右認定の他は領収証等証拠書類の提出がないので認めることはできない。)、右認定に反する証人高木義弘の証言は採用できない。右葬儀費用についても前記同様山路英子の過失を斟酌すべきであるので、原告山路淳は右の八割の一九万二〇〇〇円の請求権を有する。

(四)  前項までを合計すると、原告山路淳は二六七万六九四八円、同山路房子は二四八万四九四八円の請求権を有するところ、〔証拠略〕によると原告らが原告ら訴訟代理人に本件訴訟を委任し昭和四五年七月一日各自着手金として五〇万円を支払つた事実が認められるので、原告ら各自につき右のうち二五万円は本件事故と因果関係がある損害と解すべきである。

四  よつて、本訴請求は原告山路淳については二九二万六九四八円の損害賠償及び二六七万六九四八円に対する本件事故の翌日である昭和四三年一二月二二日から、二五万円(弁護士費用)に対するその支払の翌日である昭和四五年七月二日からいずれも完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める範囲で正当であり、原告山路房子については二七三万四九四八円の損害賠償及び二四八万四九四八円に対する前記昭和四三年一二月二二日から、二五万円(弁護士費用)に対する前記昭和四五年七月二日からいずれも完済まで前記年五分の割合による遅延損害金の支払を求める範囲で正当であるので、いずれも右各範囲を認容し、その余の請求は失当であるので棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条九三条各本文、仮執行及びその免脱の各宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大島崇志)

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